信じようが信じまいが

 信じるって何なんだろう、裏切りって何なんだろう。2月13日からふとすると考えている。


 槇原敬之、逮捕――。衝撃だった。私の母が長らくファンであり、母と一緒に何度かライブにも行った。すごくいい時間だった。歌唱力はもちろんのこと、関西人らしい笑いを交えたMC、バンドメンバーとの掛け合い。その場にいた人たちはみんなマッキーに魅了され、笑顔だったと思う。そのような人と、今回の事件。まったく結びつけることができない。
 もちろん、以前にも逮捕されたことがあったことは聞いていた。だけど、復活したんだ、と信じていた。母も私も、そしてきっと、ライブ会場にいたファンの人たちも、CDを手に取っていた人たちも。正直、復活できたのはそういう世界の人物だったから、ということもあると思う。一般の人がこのような罪からそれ以前のように復活することはまず無理だ。だけど、彼にはたくさんの人に好かれ、嫉妬され、そして尊敬する才能や歌唱力があった。だから愛された。この曲たちを、この人を信じたいと思う人がたくさん出てきた。


 たくさんの名曲を生み出してきた偉大な人物であることは間違いない。そして、その数々の名曲はすたれない。それはその通りだとは思う。しかし、その名曲には今後、もれなく「犯罪者が書いた曲だ」という印象がついてしまうことも事実だ。そして、それまでの「よいこと」はなかったかのように、すべてを完全否定しはじめる人たちが現れる。悲しいけど、世の中そんなもんだろう。この曲が人生の分岐点になったとか、前向きになれたとか、決心がついたとか、たくさんの人にとってそういう存在であった曲は、この人の作品には少なくないと思う。だけど、それらは今後、悲しい目で見られることが増えてしまう。いったい自分たちは何を信じてきたんだろうな。

 


 この事件に関しては事実なのかそうでないのかわからない情報ばかりだ。だけど、マッキーの曲を信じたことのある人が知りたいのは、だれが信じるとか信じないとかそんな事はどうでもいい、揺るがない真実なんだと思う。少なくとも私はそう思っている。